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2009/12/02

1カ月ぶりに…

1カ月ぶりの更新となってしまいました。

前回の日記で、「その内時系列で…」と書いていますが、それを書くには時間が経ち過ぎてしまって…詳細にわたっては書けませんが、何とか頑張ります。(長いです)

10月22日より両親が来米。
右も左ももちろん英語もわからない人たちなので、空港まで迎えに約束で空港に着くや否や、思ったよりも彼らの飛行機が早く到着し、私の到着の方が遅かったため、母が心配し、たどたどしい英語でカウンターのおばちゃんに「娘に電話をしたい」とお願いしているところだった。

やるなぁ…母ちゃん。

で、その後は、私のために持ってきてくれたスーツケース2つをアパートへ持ち込み、私が予約した日系アパートメントホテルへCheck in。
Check in後、NY生活では大変お世話になったふじパンがこのホテルまで来てくれ、観光バスのバウチャーを両親へ…ということで、ありがたくいただく。(本当にありがとう。ふじパン)

彼らの滞在は、賞味4日間だったが、週間天気予報では、2日後が雨の予報だったため、さっそく、ロッカフェラーセンターのTop of the ROCKへ直行。
なんとも素晴らしい夜景を満喫!!(何気に私も初めて上った)

10月23日
この日は、ちょっと肌寒く(たしか)天候も曇りのち雨かも…(たしか)だったので、一気にUp townに向かい、コロンビア大学、セント・ジョン・デバイン大聖堂(必見!!)、セントラルパークを見物したあと、コース的にアメリカ自然史博物館の前を横切る事になるので、入るかどうかを父に聞くと(父は博物館が大好き。私も大好き。こういうところは、父の血だなと私は思う)「入る」というので、あまり気づかれてはいないが、この博物館はDonationで入ることができるので、通常$20位/人のところを、受付のお姉ちゃんに「Donationでもいいよね?」と交渉し、3人で$20で入館。

その後は、ダコタハウスをチラ見し(笑)、タイムワーナーの中のDean and Delucaで軽く昼食。なにせ、ここのDADはBordersの中にあるので、本を読みふけっているお茶だけの人ばかりで席がない。レジのお兄ちゃんに「席がないよ」というと、『俺が見つけてやる!!』と言ってくれたので、なんとか3人割りこめるだけの席を確保し、お昼を食べた。

この日の夜は、父母と…と思っていたが、彼からの夕食のオファーもあったので、しばらく離れるし…ということで、そちらを優先。
両親には、イーストヴィレッジにある「蕎麦屋」で夕食を食べてもらった。

10月24日
あいにくの雨。
これは予想していたので、この日は観光せず、お昼からお土産などのショッピングデーにすることにした。
母が靴がほしいというので、安く品も悪くないUnion SqのDSWへ。
雨にもかかわらず、土曜ということもあり、混雑。
何足が試着し、少し気に入ったものがあったようだが、父の疲れが目に見えてわかったので、ショッピングは断念。

その後、雨の中Mid townへ向かい、マックシェイクが飲みたいという母の希望で、マクドナルドへ行く。Mid townには多くのお土産屋さんが点在するので、私のお勧めの品数の多いお店へ連行。お土産用のT-シャツとかトレイナーなどを買う。
本当は、その後にブランド物のB級品などを安く出しているDaffy'sへ連れて行ってあげようと思ったが、両親も疲れているようだったし、その夜は、私の彼と会食があったので、ホテルへ帰る。

雨足が酷くなり、彼から『雨が酷過ぎるので両親を会食場所まで行かせるのは気の毒だ』ということで、会食は翌日に延期。

10月25日
先日、ふじパンから貰ったバウチャーを使うべく、Times Sqのバスチケット売り場へ早朝から出向く。バウチャーにプラスして、Ellis islandとLiberty islandへのチケットも購入したかったので、そこも交渉し、9時半くらいにバスに乗車。

NYは歩いてなんぼの街だと思うが、彼らは歩きなれていない事で、バス観光が一番楽しかった模様。
Times Sq~Mid town~5th Ave~グリニッジヴィレッジ~SOHO~Finacial districtを回り、Lower Manhattanで下車。いよいよLiberty islandだ。

空港よりも厳重ではないかな?というセキュリティゲートをくぐり、無事にデッカーーーーーーーーイ自由の女神様を堪能。

フェリー下車後は、フェリー乗り場にいる自由の女神のパフォーマーと記念撮影(母が)、Finacial districtにある有名な「牛」の像(触ると商売繁盛の御利益ありという)に母が触りたい!!というので、徒歩で向かう。さすがに有名な牛であり、観光客のみんなが我が先に…と写真を撮りまくっていた。
そこから、グラウンドZERO跡地へ向かい、ぷらぷ~ら散策しながら、ふじパンのお勤め先であるBrooklynのレストランへ向かうべく、地下鉄に乗る。

最寄りの駅から、バスに乗ろうと待っていたところ、彼の車がそこら辺を走っていたということで、それをキャッチし、合流し、レストランへ。

ここからが御役目が大変だった。
こっちからは、日本語で…あっちからは英語で…。
誰に日本語を使って誰に英語を使うんだかちゃんぽんになるかと思うくらいだった。
まぁ、それにしても、終始和やかムードで終わったので良かった。(汗)

10月26日
いよいよアメリカ出国の日。
感慨にふける暇なんぞは与えてもらえず、私の荷物(スーツケース計4つ)+両親のが1つ=5つのスーツケースを乗せられ、3人の大人が乗れるキャブを見つけなくてはならない。しかも、朝 出勤時間のダウンタウンにはキャブはいても乗車中のものばかり。
探す事40分。
インド人のお兄ちゃんが運転するパジェロミニくらいのキャブをキャッチ!!(泣けるほど嬉しかった)
しかも、キャッチした場所は、両親のホテルより2ブロック先だったので、ホテルにDrop byしてもらってそこからJFKへ行くようにお願いし、四苦八苦で荷物をキャブに詰め込み、無事にJFKへ。(マジ 疲れた)

通常、キャブでシティ(Manhattan)からJFKへ向かう場合、$45+Token$5=$50程度が運賃であり、それにチップということなので、荷物も5つで$60もあげればよかったところを、両親が持っていても仕方ない…というので、大盤振る舞いの$80をあげてきた。
お兄ちゃんはさぞかし喜んだに違いない。

そして、問題は空港のグランドサービスでも交渉が待っていた。
運よく同じ便で航空券が取れたことだし、「一緒に席がいい」という父母の要望で、別々に取ったチケットだが席があれば3人で一緒で…とカウンターのお姉ちゃんに交渉。
「頑張るわ!!」と良い返事で、広めの3席を取ってくれた。(ありがとう!!)

しかし、なぜか両親のスーツケースが重すぎるわ!というお叱りを受け、荷物を分けるのも面倒なので$25くらい払ってやるわ~!!と男前に超過重量料金を支払い無事ゲートイン。

ここにきて、初めてNYを去ってしまうという事で、色々意味で感慨にふけってしまい…涙涙。(母ももらい泣き…なんでやねん!!)

泣きやんではまた泣き、止んでは泣きの繰り返し。

でも、泣いてもいられないのが、帰国直後。

日付は変わって、27日。
1年3カ月ぶりに日本に到着。
スーツケースと北海道に送るのと、携帯電話の手続きに行くのと成田の中で走り回り、弟宅へ向かう両親に別れを告げ、就職面接へ向かう。

久しぶりの日本の電車。
シートが絨毯のようだ…。ふかふかだ…。
でも、全くと言っていいほど、英語が見えない、聞こえない…。

少々、英語が聞こえない、見えないことに不安を感じながら、すっかりNYのSubwayシステムになれてしまってる自分を降りた駅の改札で実感する。

そう…NYでは、降りるときは切符は要らない。
でも、日本は距離制なので降りるときに切符がいるんだった…。
思わず、改札を力づくで突っ切るところだった。


…で、面接。


はい。もう合否とかそんなんはなくて、採用。(といっても派遣なのでね)
いつからこれますか?寮にはいつ来ますか?などの事務手続きのような質問を終え、弟宅へ。

もう、これだけ忙しかったら、今が何時であと何時間後にはどうなって…などと考えていられない。
義妹の作ってくれた、ご飯と寿司を平らげた後、1年3カ月ぶりに湯船に浸かった。

他の者には、懐かしさもなんの感動もなかったけど、さすがに風呂好きとしては、湯船が一番感動した。
(こう書くと風呂に入ってなかった人のようで、汚く聞こえるがあくまで湯船につかったのが1年3カ月ぶりであり、シャワー浴はしておりましたです)


就寝後は、時差なのかなんなのか(いつもは時差ぼけのない人なので)、『よく寝たなぁ~』と目を覚ますと、まだ寝付いてから2時間しか経ってなかったり…。(これがこの先3日間続く)
翌日の北海道行きの飛行機では、飛行機酔いするし…。


そして、前回の日記にあるように、帰省後3日目に血尿を含む膀胱炎にかかり(保険を持っていなかったので、母がもらったという薬で自力で治す)、その上、軽~く喘息になり、だらだ~らした日々を過ごし、11月2日よりやっと住民登録し、住所不定人間から脱出。



…という、日々でありました。

その後は、次の場所へ引っ越すための準備をし、11月9日より現在の職場にて働いております。

それも、もうかれこれ1カ月が経とうとしている今日この頃。

何気にそんな中。
毎年行われているアメリカ永住権のLotteryに申請を果たしました。(と言えば、なんだか大げさだけど、ネットで申請するだけ)

当たってくれないかなぁ…。


…そんな感じで、丁度1年後には、再度渡米をする予定でいます。
そのために、再度、節約生活IN 日本 実行中です。

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